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Top 矢印 記事一覧 矢印 【#1】大黒柱の父が病に倒れ、一変した暮らし——若者ケアラーAさんが家族を守るために奔走した学生時代

両親と実家で暮らし、ごく一般的な学生生活を送っていたAさん。しかし、家計を一手に背負っていた父親が突然倒れたことで、家族の暮らしが大きく変わった。父親は半身まひになり、働くことはおろか、ひとりで生活するのも困難に。母親が代わって働き始めたものの収入は安定せず、それでも毎月の住宅ローンの返済は続く。学生でありながら、Aさんは父のケアと、母を支える役割の両方を担う若者ケアラーになった。自分のことは二の次にして家族のために奔走した日々について聞いた。
※この記事は2024年3月に取材した内容をもとに構成しています。

——お父さんが倒れた日のことから伺えますか。

ある晩、僕が寝ようとして自分の部屋へ戻ったら、2階でものすごい音がした。父が突然動けなくなって、ベッドから落ちたんです。「これはおかしいぞ」と思って見に行ったら、床に倒れていました。すぐに救急車を呼んで父は病院に運ばれ、脳出血と診断を受けて、即入院することになりました。

父は専門職で、仕事人間。それまで家族の収入はほとんど父がひとりで稼いでいました。仕事に真面目に打ち込む人で、尊敬していました。幼い頃は父のような専門職に就くことが夢で、父に憧れの気持ちも抱いていました。

そんな父が前日まで普通に働いていたのに、急に倒れた。僕も母も、しばらく気持ちの整理がつきませんでした。

 

——お父さんの症状は、その後どうなりましたか。

脳のダメージで半身まひになり、失語症も発症し、認知機能もだいぶ低下しました。少し前に何を話していたか聞いても、「何だっけ」と考え込んでしまうほどです。

杖をつけば一応歩くことはできますし、食事やトイレでの排泄など、ひとりでできることもあります。ただ、できることには限りがあって、誰かがそばにいないとひとりでの外出は難しいし、家にいても誰かがお膳立てしないとひとりではほとんど何も進められない。常に誰かが父の挙動を気にかけていないと、生活できないんです。

 

——退院後、Aさんはどんなことを担うようになったんですか。

学生生活を続けながら、家族のために料理を作ったり、父を時々病院に連れて行くようになりました。それだけでも僕にとっては十分大変ですが、もっと大変だったのは役所などの手続き関係です。公的な手続きや受け取れる給付金のやり取りを、母の代わりに僕が行いましたが、制度や仕組みが難しくて全然わからない。聞いてもすぐ頭から抜けてしまう。正直、何をやったか思い出せないぐらいです。

いきなり父が倒れて、何から手をつけていいかもわからないまま、やるべきことに追われました。それだけで精一杯なのに、しばらくして父が退院した後、間を置かずに学校の実習も始まりました。父のケアや様々な手続きをこなしながら、実習にも行く。本当に休む間もありませんでした。

 

——家計はどうやりくりしていますか。

今は母が父に代わって稼ぎ手となり、何とか生計を立てています。ただ、母は父のように手に職があるわけではありません。パート勤務で収入がなかなか安定しない。それでも、毎月のローンの返済は待ってくれません。

うちは父と母、僕と、兄の4人家族なんですが、兄はかなり前から遠方で一人暮らしをしています。兄の住まいは物理的にも遠いし、あまり連絡を取っていません。父が倒れてから気にはかけてくれているけど、金銭面でも父の日々のケアでも、兄はあまり関与していません。

そもそも父が倒れる前から、実質的に父と母と僕の3人で暮らしている状態です。稼ぎ手の父が倒れて、その穴を母がひとりで埋めています。母の収入で、生活費と毎月の返済をまかなっていますが、もともと貯金がなく、貯蓄に回す余裕も到底ありません。本当にギリギリで、かろうじて家族の生活が成り立っている状態です。

僕自身も、自分の学生生活や将来のために必要なお金は、すべてアルバイトで稼がないといけなくなりました。

 

——気の抜けない日々が続いているのですね。

今の生活は、母が働けることが前提で成立しています。それも母の健康ありきのこと。母もだんだん年を取るし、いつまでも続けられる話ではありません。もし母が倒れたら——それが一番怖いことです。

父が倒れた時は、僕と母の2人で何とか支えられました。でも母まで倒れたら、僕と兄が父母をそれぞれケアするなんて、簡単なことではありません。まして毎月の返済や経済的な問題を抱えているので、全員が共倒れになりかねない。今は母ひとりの頑張りで、ギリギリ持ちこたえているだけで、まさに綱渡りなんです。

 

——そうなると、お母さんを支えることもAさんにとって大きな役割になりますね。

そうですね。父が倒れて、母が家計を担うようになってから、母は疲れ切っています。働きながら父の通院の付き添いや料理などの世話も行っているのだから、当然のことですよね。

母ももう若くはありません。年齢的にも、体力的にも、母が今の状態を長期間維持できるとは到底思えません。現時点ではかろうじて踏ん張ってくれていますが、いつ限界が来てもおかしくない。

母も最初は「私たちで何とか頑張らないと」と言っていましたが、生計を立てるのも父のケアも、母をメインに全部のしかかっている。だんだん余裕をなくしていくのが、そばで見ていて手に取るように伝わってくるんです。僕は、母ひとりに全部を背負わせるわけにはいかない。そう思って動いています。家事や手続きを分担するだけではありません。母の話や愚痴を聞いたり、精神面を支えることも大事なんです。しかしこれがまた、僕にとって大きな精神的負担になります。

家族3人で、家庭を支えられるのは実質2人。3人分を2人で負担している状態です。父のケアと、疲弊していく母をどう支えるか。そのどちらもが、今の僕にとっての大きな課題です。

 

——金銭面の問題を解決するために、役所などにも相談しましたか。

経済的なことや父が使える制度のことで、あちこちに相談しました。役所で話を聞いたり、支援窓口に相談したり。父は要介護認定を受けているので、介護保険のサービスも受けられないわけではありません。ただ、うちの経済状況だと生活保護でも受けないと、サービスの利用料を払うのが厳しい。ところが、生活保護は財産があると受けられないんです。今住んでいる家の名義人が父になっていて、まだ住宅ローンの返済が残っています。それでも家という財産がある以上、父には財産があるとみなされ、生活保護の対象になりにくい。返済に追われて生活は苦しいのに、財産があるから生活保護は難しい。ここが、いちばんややこしいところです。

では、家の名義を家族の誰かに移せばいいのかというと、そう単純でもない。名義を移せば、父は財産がない扱いになって、生活保護も介護サービスも受けやすくなる。でも、今度は家を引き受けた家族に負担がのしかかる。しかも、父が生活保護でアパート暮らしとなれば、今度は誰がその生活の面倒をみるのか。結局、どこかに必ずしわ寄せがいくんです。

どの方法が一番リスクが少ないのか。誰かひとりが背負うのか、家族全員で分担するのか。制度の話が複雑に絡み合っていて、そもそも他人に説明するのが難しい。答えが出ないまま、ずっと止まっています。

若者ケアラーというと、身体的な介護のイメージが強いかもしれません。でも、僕が実際に行っているのは、むしろこういう制度やお金の相談がメインなんです。父の身体を支えること以上に、この複雑な事情と向き合い続けることが、大きな負担です。

 

——ご自身の生活も、ずいぶん変わったのでは。進路にも影響があったと伺いました。

僕の生活も一変し、進路も変更せざるを得ない状況になりました。当初は進学して、もっと学びたい気持ちがありましたが、経済的に厳しいのでいったん脇に置いて、就職して自立することにしました。

まずは継続して収入を得るのが先決です。悩んだ末に、消去法で安定した職を選びました。安定した仕事なら、収入の見通しが立ちますから。父が自営業で保障が全くなかった分、なおさら保障のある職の安心感は大きかったんです。

 

――ご自身の金銭面も大変だったようですね。

幸いにもそれまで父の金銭援助のおかげであまり苦労なく学生生活が送れていたのですが、父の収入が途絶えて、自分の学費やその他必要経費は奨学金やアルバイトで賄うようになりました。車も中古ですが自分で買って、卒業後の一人暮らしの初期費用も自分で貯めました。

昼間は学校や資格試験の勉強、夕方からはアルバイトで、帰宅は夜遅く。これを全部やりながら、家のことも背負っていました。しばらく休みがなくて、僕自身も心身ともに手一杯でした。

 

父の突然の病をきっかけに、家族の暮らしの土台そのものが、その日を境に揺らいだ。母がひとりで支える家計は、母も健康に支障を来した瞬間に大きく崩れる。

そうした状況で、Aさんは進学の道を諦め、現実的な進路を選んだ。だが、家族のことに向き合い続けるうちに、Aさんの心の奥には別の負荷が密かに重なっていった。父をはじめ家族への、何とも言えない感情の変化——。

次回は、誰にも言えなかった葛藤と、必要なはずの支援が届かない現実に踏み込む。(#2に続く

 

執筆

花田優子

ワーキングケアラー、元ヤングケアラーというバックグラウンドを持つディレクター・ライター。様々な経験から得た当事者視点を強みとして、時事・社会問題からビジネス、ITまで幅広いテーマのコンテンツを制作。

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